2026年タバジャラのボッサ
2026年のカーニバルに向けた、ポルテーラのバテリアによる4つのボッサ(キメ)をご紹介します。
タバジャラ・ド・サンバについて:
本プレゼンテーションの目的は、ポルテーラのバテリアをショーの文脈に適合させることにあります。それは単なるリズムの側面にとどまらず、視覚的、テーマ的な観点からも、音、身体、そして物語をエンレド(物語の主題)と整合性のある形で統合することを目指しています。
ポルテーラのバテリアが持つ伝統的なリズム特性、すなわちカイシャやレピニキの刻み、重厚なマルカサォンの調律、タンボリン特有のフレーズ、そしてアゴゴの刻みを維持し、その歴史的かつ音響的なアイデンティティを尊重することを追求します。
また、本提案ではバテリアのクリエイティブなプロセスにおける女性の参画を強調しており、アグベのディレクターとしてジョヴァンナ・パリアを起用しました。これにより、デスフィーレのリズム、美学、そして象徴的な構想における女性の存在感を拡大させます。
最後に、本プレゼンテーションでは「バトゥーキ・ガウショ(Batuque Gaúcho)」をアフロ・ガウショ文化の表現として高く評価し、「タンボーレス・デ・イル(Tambores de Ylu)」を通じて全国に紹介することを提案します。これにより、アフロ・ブラジル文化の起源の多様性と、カーニバルというショーの構築におけるその重要性を再確認するものです。
Bossa 01 (ボッサ 01)
「エー、バラ、エー、バラ、オーオー!バラよ、汝の冠を治めるのは誰か?」
このアレンジの幕開けは、サンバのメロディーに合わせた独自の「コンベンション(決め事)」によって特徴づけられ、音の爆発とリズムの衝撃が走る瞬間を演出します。それに続き、楽器間での対話が始まり、神秘的で力強い雰囲気が醸し出されます。その中で「アレ(Arê)」の叩きが際立ち、ヘピキ(Repique)、イルの太鼓(Tambores de Ylu)、アグベ(Agbê)のソロにおいて、先祖伝来の根源と楽曲の表現の豊かさを強調します。
バラ(Bará)にとって、アレの叩きは「動き」の前の均衡、「コミュニケーション」の前の秩序、そして「祝祭」の前の根源を象徴しています。それは、ダイナミズム、交流、そして祝福が完全かつ敬意に満ちた形で執り行われるよう、精神的なエネルギーを整理し定着させるものです。
アレの叩きは、祀られているオリシャ(神)のエネルギーを定着させ、敬意、確認、そして精神的な支えを呼びかける役割を果たします。バラの場合、この叩きは「道の開拓」、「コミュニケーション」、「動き」を象徴的に強化し、より激しいリズム展開の前にエネルギーを整えます。
アレは、その古来の儀式的な機能を維持しつつも、カーニバルのデスフィーレの文脈に適応しており、その美的表現を損なうことなく伝統的な根源を守り続けています。この環境において、アレは音のインパクトを与えるポイントとして、また文化的なアイデンティティの要素として機能し、サンバ・エンレードとアフロ・ガウーショの精神性を直結させ、現代のデスフィーレの言語の中に伝統の価値を確立させているのです。
Bossa 02 (ボッサ 02)
「アルポ、わが主よ、アルポ!(Alupo, meu Senhor, Alupô!)」
この「ボッサ(キメ)」は、世界の守護者であり、異なる世界を繋ぐ使者であるバラ(Bará)を称えるものです。その教えを、サンバ・エンレドのメロディや対旋律と直接対話するような、一連のリズミカルな動きと変化へと翻訳しています。それにより、象徴性と先祖伝来の精神(アンセストラリティ)に満ちた音の物語を創り出しています。
構成は、バトゥーキの儀式の幕開けに行われる「シル(xirê)」にインスパイアされた、タンボレス・ド・アレ(tambores do Arê)の最初の一打から始まります。これは厳かで敬意に満ちた呼びかけを確立するものです。そこからボッサは、カイシャ(スネアドラム)の絶え間ない脈動と共に力強く進み、スルド(大太鼓)のチューニングが段階的に開放されることで、バテリアの音の厚みが増していきます。
低音はクレッシェンドで加わり、アフリカ系宗教において太鼓が持つ神秘性、力、そして精神的なパワーを補強する重要な役割を担います。これにより、アレンジのリズムと精神的な基盤が支えられます。
この確信と衝撃の瞬間の直後、伝統的な復帰(レトマータ)が行われ、サンバの第2パートへと導かれます。そこでは、集団の力、リズムのアイデンティティ、そしてタバジャラ・ド・サンバ特有の音のシグネチャーが刻まれます。サンバの聖地(アヴェニーダ)において、伝統、祖先の絆、そしてカーニバルの現代的な表現の融合を改めて示すのです。
Bossa 03(ボッサ 03)
「羊飼いの営みがある限り、その灯火が消えることはない」
このボッサは、ブラジルの伝説「ネグリーニョ・ド・パストレイオ(羊飼いの黒人少年)」にインスパイアされており、楽曲の音楽的構成と直接的に対話する内容となっています。リズムは主に**キアルテラス(連符)**で展開され、サンバのメロディに従いながら、羊を放牧する行為のように、絶え間なく導かれるような流れを作り出します。
このリズムパターンは、配慮、警戒、そして粘り強さを象徴しており、希望の灯火を絶やさず導き続ける「信仰」を表現しています。連符がメロディに規則正しく組み込まれることで、「絶え間ない歩み」という概念を補強し、導きと記憶がある限り、精神的かつ先祖伝来の灯火は灯り続けることを示しています。
終盤には、ドラムのマーキングと全楽器による共通のフレーズに導かれた「メロディーの爆発」が起こり、それまでの抑制された流れを打ち破って集団のエネルギーを一気に高めます。この瞬間は、「苦しみが力へと変わること」を象徴しており、少年の苦難をスピリチュアルな道の開拓へと繋げます。
そのクライマックスとして、バラ(Bará)への挨拶(サウダサォン)が登場し、加護、動き、均衡を祈願します。これは、少年が灯した火が、道の守護者であるバラによって、ただ留まるだけでなく、前進し、広がり、進み続けるための光となることを断言するものです。
続いて、ドラム隊(バテリア)は観客と審査員への挨拶の振り付けを行い、身体と楽器が共に語り合っていた古き良きドラム隊の伝統的な仕草を再現します。この瞬間は敬意と崇敬、そして観客や審査員との直接的な対話を象徴しています。ドラム隊がデスフィーレの主役であることを再確認し、伝統、先祖のルーツ、そしてリズム・身体・コミュニティの間の生きた繋がりを称えるものです。
ボッサ 04 (Bossa 04)
「黒人たちが立ち向かえない困難などない」
バテリアが一時停止し、エスコーラ全体で「黒人たちが立ち向かえない困難などない」という一節を唱えます。この言葉には、強さ、抵抗、そして集団としての能力という深い意味が込められています。この叫びは、黒人たちが何世紀にもわたる抑圧、暴力、人種差別、排斥にさらされながらも、あらゆる課題に立ち向かうための回復力、戦略的知性、精神性、そして団結力を築き上げてきたことを断言するものです。
この強さと抵抗の宣言の直後、ボッサは教育的な意図を持って構成された2つのパートへと続きます:
第一パート: メストレ・ボンベイロ(現在のバテリア練習場の名前の由来となった人物)から伝承された、ポルテーラ伝統の「スルド・ヂ・テルセイラ」の刻みが際立つパートです。この瞬間は「団結したポルテーラ」を象徴し、現在を過去や祖先(アンスストリリダージ)へと繋ぎます。タンボリン、ショカーリョ、アゴゴ、クイーカなどの軽い楽器が、カイシャやヘピキなどの中音域の楽器と共にリズムの伴奏を行い、サンバのアイデンティティを支えます。
第二パート: サンバ・エンレドのメインサビにある挨拶「Aê Oni Bará!」や「Aê Babá Lodê!」と直接対話するように、バラー(Bará)のより厳かなリズム打ちを用います。この一節は、加護、道の開拓、コミュニケーション、そして均衡を祈願するものです。
続いて、ボッサのヘピキによる「問い」が確立され、高音域と中音域の楽器の間で「答え」が交互に繰り返される中、マルカサォンがリズムの土台を支えます。編曲は、ヘピキの締めくくり(アルマチ)、アレ(Arê)のパート、そして伝統的なスビーダ(立ち上がり)へと進み、バテリア全体の演奏再開へと導かれます。
